
何かをコントロールしたがっている時、
人は頭の中で、グルグルと考えを
めぐらせる。
でも、残念ながら、コントロールは
できない。
何故なら、
コントロールできないからこそ、
混乱して、頭の中だけで
グルグル回しているのだから。
そのグルグルから離れないでいると、
どうなるのか?
その回転は、ますます速くなり、
巨大な渦になって、自分を
飲み込んでゆく。
流れはよどんで重くなり、
ズーンと自分をひっぱって
底へと沈んでゆくでしょう。
でも、人間とは不思議なもので…
そうすると、ますます自ら、
その渦(グルグル)にしがみつき
たくなるんだよね。
なんとかしたい…!
なんとかしなきゃ…!!
ああ、大変!
しがみつこうとすればするほど、
空回りして、
沈んでゆくだけなのに。
ちょっと待って。
「もっともっと、何かしなくちゃ
いけない!」
と思っている時、
それはただ、いたずらに、
自分の欠けを増幅しているだけ。
不安や苦しみって、
取り除こうとすればするほど、
かえってそれを、
ギュッと握りしめている状態に
なっているんだよ。
そのことに気づこう。
そもそも、「どうしたら良いの?」
と思っているとしたら、
それは何かをコントロールしたがって
いる証拠。
「今のこの状態は、何かが
間違っている」と
きっとあなたは考えている。
冷静なつもりで。
そして、
「何かが足りない。
何かを取り除かなきゃいけない。
もっともっと、しっかり考えて、
何かを理解しなくちゃいけない」
とあなたは考えだす。
そして思考がグルグル回り出す。
もう、冷静じゃないよね。
コントロールしたい時ほど、
コントロールは
できなくなるものだから…
コントロールは手放そう。
グルグルすることについては、
もう一切考えない。断ち切る。
頭の中のおしゃべりを、
ただちにやめて、
シーンとしたアタマの空間を
味わう。
そして、自分に繰り返し言ってみて。
「何もしなくていい、
何も考えなくてもいい」って。
何度も何度もつぶやいて、
そのままゆるんで、
ぼーっとしてみよう。
実際、大丈夫なんだよ、
考えなくたって。
だって、その渦に、元々「実態」は
何もないのだから。
しがみつこうとしたところで、
掴めるはずがない。
でも、考えないなら、
何をすれば良いのか、って?
流れに任せる。
時間に任せる。
そして自分は、
目の前にあることに、もっと
シンプルに幸せを感じている。
あとは、のん気に、鼻歌でも歌って
過ごそう。
全体の流れを信頼して、
とにかく元気に過ごしてみる。
たったそれだけで、あなたは
すぐに軽くなり、気づけば
身軽に動けるようになっているよ。
すると、いつの間にか、
あんなにこだわっていたグルグルも、
自然にほどけてゆくんです。
ところが、これがまた、
なかなかできないと
おっしゃる方もいるんですね。
だって何もせずに、
ただ、流れに任せるなんて…
ただ、時間に任せるなんて…。
そんなこと言っている余裕は
ない。自分にはできない。
今すぐに答えを出さなきゃいけない。
さあ、もっともっと、
しっかりと、よく考えなきゃ!
そしてまた、思考の渦が
グルグルグルグル回り出す…
それ、グルグル中毒です。
でもね、グルグルしているとき、
答えは出ないの。
何度もやってきたから、
あなたも分かっているでしょう?
あとは、手放すだけ。
道はね、自分が軽くなった時、
自然とひらけるんだよ。
「幻」の渦を手放して、
身軽になっていくと…
ひらめきが増えて、
気づけば、自然な流れに乗っている。
小さな小さな「できること」が
見つかって、
そこからまた流れができていく。
グルグル思考は、ただの「自我」。
バイバーイ!って、
手放しちゃって、大丈夫。
毎日の中で、自分がゆるんで、
ホッとする時のことを
思い出してみて。
たとえば、家に帰って、
ベッドやソファに、
大の字になって寝転んだ時。
たとえば、お風呂に入って、
入浴剤の香りと、体を包む
柔らかいお湯にほどけていく時。
あんな感じの「ゆるむこと」、
実は今この瞬間にもすぐできる。
あの解放の感覚を、
どんどん自分に許していこう。
そしてね、
あらゆる出来事は、どんどん変化
してゆきます。
たとえ向こうから、
自分をこわいと思わせる「何か」が
やってきても、大丈夫。
コントールはいらない。
掴んで、グルグルしなくていい。
なぜなら、その出来事は、
ただ、自分を
通り抜けていくだけだから。
すべてはただ、今ここにあって、
どんどん変化していく。
だから、掴まなくていいのです。